(7)「覆面の佳人」

 



これもすでに論じている「蠢く触手」と同様に、春陽堂文庫が幻の作品をよみがえらせてくれた一冊である。

その来歴については山前譲の解説に詳しいが、要約すると地方新聞の連載小説として発表された本作は、作者名が江戸川乱歩と横溝正史となっていて、一冊の本としてまとまるのは今回が初めてだという。またこれはアメリカの推理作家A ・K・グリーンの作品の翻案であると「訳補者の言葉」でかかれている。
しかし岡戸武平の回想によると、この作品は横溝正史が博文館で「新青年」を編集するかたわら、一人で執筆したといわれている。山前譲氏もこれを真相であると考えているようである。

山前氏も指摘するように、乱歩の代作懺悔でもまったくこの作品のことは触れられていない。ということは、もしかしたら乱歩はこの「覆面の佳人」の存在すら知らなかったのではないだろうか。岡戸の回想では


私もその後以前に勤務していた名古屋新聞に時代小説を執筆したことがあるが、いつもどこまで書いたのか、何回まで書いたのか確かな記憶がなく、ノートに回数と文章の終りの一行を書いておき、それでようやく続きを書くといった状態であった。それを横溝さんはペンを持つと同時にすらすら(いやガリガリ)と書き出すので、この人は頭のいい人だナと思ったことがある。


とあるので、実際執筆していた横溝正史も掲載紙が手元になかったようである。ということはただの名義貸しの乱歩の手元にはまったく送られてきてなかったであろう。またもしあったとしたら必ず乱歩のことだからスクラップにして取っておいたにちがいない。自分の名前がのった印刷物には異常なほどの執念をもやした乱歩だから、掲載新聞が送られてこなければ自分で注文してもとりよせたことだろう。

しかし全く彼の眼中になかったということは、その存在すら知らなかったのではないだろうか。もしかしたらこの仕事を持ち込んだ池内祥三と正史の三人で、こんな話はどうだ、あの小説をもとにしたらどうだ、といったよもやま話はしたかもしれない。しかし乱歩自身はまったく自分が執筆をするつもりはなかったのだろう。ところが池内が正史の名前だけでは地方新聞社に売り込むことができず、やむなく乱歩の名前を無断借用したのではないか。そのことは正史さえも知らなかった可能性もある。上記のように、正史も実際の新聞を手にして次の原稿を書いていたわけではなかったからだ。